子どもは習い事を楽しそうにしている。
でも、家では全然やらない。
この状態、かなり悩みませんか?
わが家でも同じでした。
レッスンは楽しみにしている。
先生からも「楽しそうに取り組んでいます」と言われる。
でも家では、ほとんど練習しない。
親としては、
- 楽しんでいるなら続けた方がいいのか
- でも、このままで意味があるのか
ずっとモヤモヤしていました。
今回は、そんな「親と子の温度差」について、わが家で考えたことを書きます。
子どもは楽しそう。でも家ではやらない
レッスンは毎回楽しみにしていた
うちの子は、レッスンの日を嫌がることはありませんでした。
終わった後も満足そうで、先生からも前向きに取り組んでいると言われていました。
だからこそ、余計に迷いました。
でも家では練習しない
一方で、家ではほとんど練習しません。
宿題も、言われてから最低限やるだけ。
自分からピアノに向かうことは、ほとんどありませんでした。
親だけが焦っている感覚があった
「せっかく習っているのに」が頭から離れない
親としては、
- 月謝を払っている
- 送迎もしている
- 時間も使っている
だからこそ、
「この状態で続ける意味はあるのか」
と考えてしまいます。
でも、子どもは困っていない
ここが難しいところでした。
親はモヤモヤしている。
でも子どもは楽しそう。
つまり、
困っているのは親だけ
という状態です。
わが家が考えた「温度差」の正体
子どもは「習い事」を楽しんでいた
後から思うと、子どもは「上達」を楽しんでいたというより、
- 先生と話すこと
- レッスンの時間
- 新しい曲を触ること
こういう体験自体を楽しんでいたのだと思います。
親は「成長」を期待していた
一方で親は、
- 上達してほしい
- 努力してほしい
- せっかくなら身につけてほしい
こう考えていました。
つまり、
親と子で見ているゴールが違った
のだと思います。
それでも続けるか迷った理由
「楽しい」は大切だから
習い事は、まず楽しめることが大事です。
嫌々行っているわけではない。
だから簡単にはやめられませんでした。
でも「楽しいだけ」で続けるには負担があった
問題はここでした。
習い事は、子どもだけでは成立しません。
- お金
- 時間
- 送迎
- 家族の協力
全部必要です。
その負担に対して、本人の熱量が低い状態が続いていました。
最終的にわが家が出した結論
「楽しんでいる」だけでは続けなかった
わが家では最終的に、
「楽しんでいる」だけでは続けない
という判断をしました。
理由はシンプルで、
家族全体の負担と、本人の意欲のバランスが合わなかったからです。
今は後悔していない
やめたあと、子どもがピアノをやりたいと言ったことはありません。
だから今は、
あのタイミングで判断してよかったと思っています。
習い事で迷ったときに考えたいこと
子どもは「何」を楽しんでいるのか
上達なのか。
時間そのものなのか。
ここを分けて考えると、整理しやすくなります。
家族として支え続けられるか
習い事は、家庭の運用でもあります。
続けるかどうかは、子どもの気持ちだけで決めなくてもいい。
これは今回かなり感じました。
まとめ
親と子で温度差があるのは自然
子どもと親では、見ているものが違います。
だから温度差があるのは普通のことだと思います。
大切なのは「家庭として続けられるか」
習い事は、才能だけでは続きません。
家庭全体で無理なく支えられるか。
ここも大切な判断基準だと思います。



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