子どもの習い事って、
「本人がやりたいことをやらせるべき」
という意見があります。
確かにその通りだと思います。
でも正直、
親の期待ゼロで習い事を選ぶのって難しくないですか?
少なくとも、わが家は無理でした。
運動神経が良くなってほしい。
友達ができてほしい。
成功体験を積んでほしい。
将来、何かの役に立ってほしい。
そしてこれは賛否あるかもしれませんが、
「男ならスポーツをしてほしい」
という気持ちも少しありました。
だから、わが家の習い事は、
親の期待半分、本人の気持ち半分
くらいで選んできた気がします。
今回は、習い事に親の期待はどこまで入れていいのか、わが家の考えを書きます。
わが家の習い事は、親の期待も入っていた
体操は「運動神経を伸ばしてほしい」が理由だった
体操を始めた理由は、かなり親の期待です。
幼稚園の体験が入口ではありましたが、
「運動神経を伸ばしてほしい」
という気持ちが大きかったです。
実際、本人は楽しそうでした。
ただ、最終的には親判断でやめました。
安全面への不安が理由でした。
本人は続けたそうだったので、今でも少し罪悪感があります。
サッカー・野球は「チームスポーツを経験してほしい」だった
サッカーや野球も、親の期待がありました。
理由は、
チームで協力することを学んでほしい
という気持ちです。
正直、
「男なら一度くらいチームスポーツを経験してほしい」
という思いもありました。
ただ、結果としてわが子には少し違いました。
本人は楽しんではいましたが、どちらかというと団体競技より個人競技の方が合っていそうでした。
バスケは「向いてそう」が理由だった
バスケは少し違って、
「この子、向いてそう」
が親の期待でした。
実際、経験者の私から見てもディフェンスが上手く、センスを感じました。
ただ、環境面や家庭事情もあり、選びませんでした。
今振り返ると、
習い事って、親の期待は意外と入っている
と思います。
少なくとも、わが家はそうでした。
親主導でも、結果として良かった習い事もある
英語は親主導だったけど、結果として良かった
英語はかなり親主導でした。
理由はシンプルで、
「英語は将来役に立ちそう」
と思ったからです。
本人が最初から強く希望していたわけではありません。
でも、結果としてやって良かったと思っています。
発音はかなり良くなりました。
さらに、学外の友達もできました。
何より、本人が楽しそうです。
水泳も親期待スタートだった
水泳も最初は親の期待でした。
肺活量や体力がついてほしい。
カナヅチでは困るかもしれない。
他のスポーツの土台になるかもしれない。
体育で泳げないのは辛いだろう。
かなり親都合の理由です。
でも、今は本人が楽しそうに通っています。
一度、
「辞める?」
と聞いたことがあります。
でも本人は、
「続ける」
と言いました。
こういう経験をすると、
親の期待から始まる習い事も、悪くない
と思うようになりました。
テニスは本人が一番やりたいと言った
テニスは少し違いました。
いろいろ体験した中で、
本人が一番やりたいと言った習い事
です。
今でも楽しそうに通っています。
振替で土日の早朝になっても行きたがるので、本当に好きなんだと思います。
今のわが家の結論
親の期待は入れていい。でも本人を見る
今のわが家の考えは、
親の期待は入れていい
です。
なぜなら、
才能や好きに出会う入口を作るのも親の役目
だと思うからです。
実際、
小さい子どもが自分だけで世界を広げるのは難しい。
親が、
「これ向いてるかも」
「こういう経験もしてほしい」
と思うのは自然なことだと思います。
ただ、
親の理想を押し付けるのは違う
とも思っています。
大事なのは、
「楽しそうか」
「本人に合っていそうか」
を見ること。
わが家では、最終的にそこを一番大事にしてきました。
だから今思うのは、
親が入口を作って、最後は子どもを見る
くらいが、ちょうどいいのかもしれません。



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