子どもの習い事、誰が『やめる』と決める?|6つの習い事を振り返って気づいたこと

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子どもの習い事、誰が「やめる」と決める?

子どもの習い事を続けるか、やめるか。

わが家でも、これまでいくつもの習い事を経験してきました。

その中には、子どもが「やめたい」と言ってやめたものもあります。

でも、振り返ってみると、それだけではありませんでした。

むしろ、親が「やめよう」と判断したものの方が多かったのです。

「子どもの自主性を大切にしよう」と考えていたつもりだったので、あらためて振り返ってみて、少し意外でした。

今回は、これまでの習い事を振り返りながら、わが家では誰が「やめる」と決めてきたのかを書いてみます。

わが家がやめてきた習い事

やめたのは、ピアノ、サッカー、野球、バスケットボール、バドミントン、体操。

※一部は体験して、やらないと判断しています。

こうして並べてみると、結構あります。

そして、ひとつひとつを振り返ってみると、やめることになった理由はかなり違っていました。

「やめたい」と言ったら、すぐにやめるわけではない

わが家では、子どもが「やめたい」と言ったからといって、すぐにやめるわけではありません。

まず考えるのは、

「本当にやめたいのか?」

ということです。

その場では「嫌」「面倒」「しんどい」と思っていても、それが一時的なものなのか、本当にその習い事をやりたくないのかは、同じではないと思っています。

だから、簡単に投げ出してほしくない。

わが家の場合は、習い事そのものが嫌になったのではなく、一時的に面倒になっているだけなら、もう少し続けてみようと考えます。

「嫌だからやめる」を何でも認めてしまうと、簡単に投げ出すことにつながるのではないかと思うからです。

一時的な「嫌」「面倒」ではやめさせない

もちろん、子どもの気持ちは聞きます。

でも、

「今日は行きたくない」

「練習が面倒」

「疲れたからやりたくない」

といった一時的な気持ちだけで、すぐにやめるという判断にはしません。

わが家では、「心底嫌いになったらやめる」くらいに考えています。

逆に言えば、子どもが本当に嫌になっているのであれば、無理に続けさせるつもりもありません。

子どもが楽しんでいても、やめさせることはある

ここが、今回あらためて振り返ってみて気づいたところです。

子どもが楽しそうにしている習い事でも、親がやめると判断することがありました。

例えば体操です。

子どもは続けたがっていました。

それでも、教室で安全面が気になり、私は続けさせることができませんでした。

これは、「子どもが楽しいなら続ける」というだけでは判断できないことでした。

子どもが楽しんでいても、安全が確保されないのであれば、続けさせることはできない。

その場合は、体操そのものをやめたいわけではありません。

その教室をやめて、同じ競技で別の場所を探す。

それが本来やりたかったことでした。

「やめる」ではなく、別の場所を探す

体操のときに強く感じたのが、このことです。

子どもが続けたいと言っている。

でも、今の環境では続けさせられない。

だからといって、競技そのものをやめる必要はありません。

実際にわが家も別の教室を探しました。

ただ、時間や場所などの条件が合わず、結果的に体操自体を続けることはできませんでした。

それでも、私の中では「子どもが続けたかったのに、やめさせてしまった」というより、

「あの教室をやめさせた」

という感覚に近いです。

「子どもの自主性を大切にする」とは何なのか

今回、6つの習い事を振り返ってみて、少し考え方が変わりました。

私は、子どもの自主性は大切だと思っています。

でも、だからといって、何も考えずに子どもに全部を任せるのがいいとは思いません。

親は、子どもの安全を守る必要があります。

そして、嫌なことから簡単に逃げるのではなく、ある程度続けることも経験してほしいと思っています。

だから、子どもの気持ちは聞く。

でも、最後の判断まで全部を子どもに任せるわけではない。

それが、今のわが家の考え方なのだと思います。

振り返ってみると、親が決めることも多かった

最初は、「子どもがやりたいと言ったらやらせて、やめたいと言ったらやめさせる」というくらいの感覚で考えていました。

でも、実際の習い事をひとつずつ振り返ってみると、そうでもありませんでした。

ピアノは、家で練習しないことを理由に親がやめると判断しました。

サッカーは、練習やミニゲームでの様子を見て、親が続けないと判断しました。

バスケットボールも、教室の環境や親側の負担などを考えて、始めないと判断しました。

バドミントンも、体験した子どもの様子を見て、環境が合わないと判断しました。

体操も、安全面を理由に親がやめると判断しました。

一方で、野球は最後の練習でボールが胸に当たり、「もうやらない」と子どもが言いました。

私は「最後だけなのにもったいない」と思いましたが、そこは子どもの意思を尊重してやめました。

こうして並べてみると、自分の意思で「やめたい」と言って、そのままやめたのは野球くらいだったのかもしれません。

「子どもの自主性を大切にしているつもり」だったわが家ですが、思っていた以上に、親が判断していました。

これからも、子どもの気持ちは聞いていきたい

だからといって、「親が決めればいい」と思ったわけではありません。

子どもがどう感じているのかは、これからも聞いていきたいと思います。

ただ、子どもの気持ちを聞くことと、最後の判断を子どもに任せることは、同じではない。

安全に問題があるなら、親が止める。

一時的に「面倒」「しんどい」と言っているだけなら、もう少し続けてみる。

そして、本当にその習い事が嫌になったのであれば、やめることも認める。

わが家では、そんなふうに判断してきたのだと思います。

これからも、習い事を続けるのか、やめるのか。

そのたびに、子どもの気持ちと親の判断の間で考えることになりそうです。

その判断も、また記録していきたいと思います。

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